william1

おい、ウィル。この後時間あるだろう、ちょっと話したい 事があるんだけど、お前今度の長期休暇にはまたどこかに旅行にでも行くの?」
 生徒代表(プリーフェクト)であるウィリアムが他のメンバーと、今期の運営についての会議を終えた直後に、親友であるエリオット・アシュレイが気安 くそう話しかけてきた。
 エリオットはあまりやる気の無かったウィルをプリーフェクトへと担ぎ上げた張本人であり、ウィルの一番の親友といっても良かった。
 過去にいろいろと問題はあったものの、今では本音をお互いにぶつけることの出来る唯一対等と言える存在である。
 エリオットは、それまでの人生で、人に従うという行為を殆どしたことのないような人間であった。
 伯爵である父を持ち、幼い頃より聡明で大人びた彼は、その高いIQゆえに、些か鼻持ちならない子供でだったが、それを補って余りある魅力を持つ人物でも ある。
 七歳で初等学校
(プレパトリー)に入り、スクールの最高権力者である校長以外には殆ど礼をとることは無かった。
 もちろん形式的に必要である場合はその全てではないが、彼の精神は幼い頃からとても高潔であると同時に、生意気だったと言うことだ。
 教員の中でもハウスマスター以外には平気で意見をする子供ではあったが、それでも彼を罰したり諫めたりすることは殆ど無かったのは、彼の言う事がいちい ちもっともであり、彼の背景にいる伯爵の地位と財力も一つのおおきな指針であった。
 そんな彼が十三歳で入ったパブリックスクールでウィルこと、ウィリアム・オースチンという少年と出会った事で大きく人生が変わった。
 なんとウィルは民間の出身者だった。
 それまでエリオットが付き合ってきたのは全て貴族階級の子供ばかりで、スクールにいる民間出身者とはあまり接触することは無かった。
 エリオット自身、酷い階級主義者であるという自覚は無かった。
 勿論必要であれば議論もするし話もするが、プライベートで付き合うという事ははなっから頭には無かった。
 無自覚ではあったが、彼らと自分の間に一線を持っていたのは事実だ。
 ウィルの母親は貴族の累系ではあったが、アメリカ人の男と結婚をして、事業をしているという話だ。
 そう大きくはないが安定した会社を経営し、兄が二人いてとても優秀だという話を聞いたことはあった。
 一人はこのスクールの卒業生であり、母方の祖父に引き取られた彼は貴族階級としてこのスクールに七歳でプレパトリーから入り、後は有名な生徒代表(プ リーフェクト)であったらしい。
 もう一人の兄はアメリカの大学に進学し、英国でも憧れる事の多い最高学府で代表を務めた天才だとも聞いた。
 末息子であるウィルは、十三歳でのパブリックスクールからの入学であるし、あくまでも民間人という枠で入ってきた少々変わった人物だった。
 スクールに入るのならば、祖父の籍に移り貴族として入学した方がずっと過ごしやすい筈なのに、彼はあえて民間人枠で入ってきた。
 そんな彼を気にする事などエリオットにはあるはずの無いことだったのだが、ウィルはことある毎にエリオットの目の上のたんこぶよろしく、いつもいつも彼 を苛立たせることになる。
 成績しかり、スポーツしかりウィルには出来ない事は無かった。
 後で聞いた話だが、天才だと持てはやされた彼の兄に言わしめてウィルはモンスターだという。
 学業でいえばスクールに入って来る前に大学レベルの知識は十分にあったし、コンピュータ関係では既に一つの会社のような共同体を作り出しているという噂 もあった。
 教師でさえも彼に意見を求めることが多く、校長までもが彼を頼りにする。
パブリックスクールという帝国は、校長というのが帝王に相当する。
 どんな理不尽で通りの通らないような出来事であっても、校長が『諾』と言えばその通りになるのだ。
 その校長がウィルを運営にさえ助言を求めるという異例の事態は、すでに学園内の全ての常識をウィルに従わせる事になる。
 それでもウィルが暴君よろしく振る舞ったかと言えば、そうでも無かった。
 一悶着あってすっかり毒気を抜かれたエリオットは、誰よりも強いウィルの信奉者であると同時に、彼の最高の理解者となったのだが、とりあえずその手始め としてプリーフェクトという『高校学級に属し、人格成績衆望全てが生徒の模範となり運動競技の正選手であり、校長が認めた学校の自治を任せられる数名の生 徒』に選ばれるのは当然の出来事であった。
 ただその時のウィルは何でも出来る割に運動活動に力を入れていなかったので、乗馬部の部長として彼を正選手として登録するなど、エリオットの涙ぐましい お膳立てがあった。
 結局彼らがこの一年プリーフェクトを勤めたスクールは実に華やかで活気に満ちたものになった。
 そんなエリオットにも言っていなかった事が一つ、今のウィルにはある。
「旅行……か、それは無いと思うな。将来を見越して大学は決めたが、同時に仕事も決まってしまったから、覚えることが多くて」
 良い機会だからその話をしてしまおうかと、ふとそんな事を言うと、エリオットだけでなく、他のメンバーも一様に驚いた声を出した。
「ええ! ウィル。将来って、なにかするの? もしかして起業しているっていうコンピュータ会社を上場に向けて動くとか?」
「違うだろう。ウィルは俳優にスカウトされたって話しだから、華やかな芸能活動をするんだ」
「馬鹿馬鹿しい! ウィルがそんなバカみたいな仕事をするものか。彼の頭脳への冒涜だろう」
 皆好き好きな事をいうが、ウィルは苦笑しながら否定した。
「いや……どれも違うよ。まあ皆も同じ大学に行くんだから、とりあえずは同級生だよ。ただ勉強することが多いってだけ……エリオット、何か話があったん じゃなかったっけ」
 他のメンバーにも秘密にすることでもないとは思うが、これ以上根掘り葉掘り質問攻めにされるのも困ると、エリオットだけを誘う。
「分かった、行こう。丁度お前と行こうと思って予約してる店があって、外出許可も出してある、少し早いけど行こうぜ」
 エリオットの相変わらずの用意周到さに感謝しながら、二人は外出する事にした。
「車? また随分と用意がいいな」
 外に出るとエリオットが呼び出した運転手付きのベントレーがやってくる。
「まあな、ちょっとこみいった話を俺もしたかったから、丁度良かった」
「なんだか怖いな」
 ウィルは少しもそんな素振りも見せずにそういって笑った。
「怖いことなんかお前にあるとは思ったことないけど」
 二人はそういいながらエリオットの選んだというレストランに向かう。
 英国での一番の不満は食事だ。
 エリオット自身それには辟易しているらしく、こうして良く外食をしているようだが、そんな贅沢を許されるのもごく少数で、ウィルもこうして彼に同行する ことを密かな楽しみにしていた。
 美味な昼食を庭園を見渡す半個室のテーブルでとっている間、二人の会話は進む。
「聞きたいことがあるって?」
 ウィルの言葉にエリオットが大きく頷いた。
「そう……もしかしたらさっきの話にダブっているかもしれない話なんだけど」
「さっきの? ああ、将来の話?」
 ウィルがなんでもないことのようにそう微笑みながら言うと、エリオットはムッとした顔で頷いた。
「そう……俺知らなかったよ。大学いって、やりたいことをいろいろと試してみて、それから将来のことを決めていくものだとばかり思ってたけど……いつから そんな事決めてたんだ。前に聞いた時にはまだいろいろな可能性を試してみたいと言っていたじゃないか」
 そう前の話じゃないぜ、と不満そうに言うと、ウィルは悪かったと微笑んだ。
「いや、秘密にしていたわけじゃないんだ」
「じゃあどうして言ってくれなかったんだ」
 ウィルが故意に自分に秘密を持っていたわけではないと分かって、少し安心したかのようなエリオットに、ウィルはあっさりと言葉を向ける。
「いや、好きな子と付き合う事になったんだけど、そこの親御さんに家を手伝って欲しいといわれて」
「!」
 その言葉にエリオットは今まで完璧なマナーで操っていたフォークとナイフをガチャンと音をさせて取り落とした。
「エリオット、フォークが落ちたね」
 当のウィルはなんでも無いことのように言うと、自分もフォークを置いた。
「エリオット? どうしたんだ?」
「ど、ど、ど……」
 エリオットはショックのあまり言葉を無くしたようで、そんな声しか出てこない。
「ど? ……どうした? それともどうして? どういう事…かな」
 エリオットの言葉を反芻するようにウィルが言うと、エリオットはやっと声を取り戻した。
「どういう事だ!」
「ああ、やっぱり」
 ウィルの返事は実に暢気なもので、自分が想像した言葉が言い当たっていた事を無邪気に喜んでみたりしている。
「やっぱりじゃない!」
 その時先ほどのフォークを落としたのを目敏く見つけた給仕係がそっと新しいフォークをエリオットのテーブルに置くが、彼はそれどころではないとばかりに ウィルを見ているので、ウィルがにっこりと微笑んで「ありがとう」と言ってやった。
「ちょっと落ち着けよ、エリオット。そんなに驚くほどの事じゃないだろう。お前だって付き合っている子がいるって前に教えてくれたじゃないか。だったら俺 も教えるのが妥当な線だと思っただけなんだけど、まあ君以外に吹聴してまわるような事でもないとは思っているけどね」
「それは嬉しいよ……」
 ウィルの言葉にエリオットはやっと冷静さを取り戻した。
 自分が一番の親友なのだと言われたようで、混乱はしていてもそれでも嬉しかった。
「でも…、お前がもてるのは知っているし、そこそこ遊んでるのも知ってる、実際年上のお姉様とそれなりに楽しんでいたのはお前だけじゃないし、上手くやっ ているのもわかってはいたけど…ちょっと待てよ……本当に、勘弁してくれよ…」
 まだ混乱が落ち着かない気配のエリオットは、なんとか自分の中で物事を消化しようとするが、どうもうまくいっているようには思えない。
「あ、そういうのはあの子には言うなよ。まだ清いお付き合いなんだから、バラしたらコロス」
 殺すというのは大げさだろうが、それなりに本気なのは、笑っていても瞳の強さでわかったエリオットはゴクリと喉を鳴らした。
「本気……なのか?」
「本気だよ。じゃなかったら、向こうの親に会おうとか、ましてや仕事に関係しようとは思わない」
「そう言えばそんな事を言っていたな、何の仕事だ? まさかその家の家業を継ぐなんて思ってないだろうな。お前には幾つもの可能性があるんだから、そんな に安易に決めることじゃないと思うぞ」
「継げるものなら継ぎたいっていのが本心かな、でも言っておくけど、その家が魅力的だから付き合うって決めたわけじゃないんだからな」
「何やっているところなんだ? そもそもどこで出会ったんだよ。女子校との交流会とか最近あったっけ?」
 エリオットがウィルの相手の事をストレートに聞いてこないのは、やはりまだどこかこの話を本気にしていないのだと、ウィルは分かっていたのではっきりと 言ったほうが面倒くさくないと苦笑いする。
「交流会は毎月山のように申し込みが来るし、その中でピックアップしてはやっているが、その子はそういうので知り合ったわけじゃないよ」
「じゃあやっぱり遊びに行った時にひっかけた年上の……いや、年下でも知り合う事は不可能じゃないけど…」
「エリオット……はっきり聞けよ」
「……聞きたいような、聞きたくないような……」
「聞きたくないのか? それって誰なんだって」
「誰? どんな娘じゃなくて? 誰?」
 そもそも聡いエリオットは、ウィルの言葉のニュアンスの細かい部分を理解した。
「そう、〝誰〟だよ」
「俺が知っている相手ってこと? ええ! なんで今更? それに俺が知っているのはセントグレイスの生徒会長……いや、あの娘はありえないだろう、パブで 知り合ったっていう金髪のアメリカ人、それともコンサートで知り合った果物屋の可愛い娘……いや、お前が果物屋を継ぐっていうのはありえないだろう」
 ブツブツと頭の中でいろいろな娘を物色しているようだが、ウィルはいい加減うんざりしてきた。
「良く覚えてるな、お前。それに果物屋を俺が継いじゃいけないっていうのはおかしくないか? 職業に貴賎はないぞ、どんな仕事でもプロフェッショナルな事 は良いことだ。もし果物屋を継ぐというなら、俺は世界一の果物屋を目指すけど」
「ええ! じゃあやっぱりあの果物屋のジュリアちゃんと?」
 ギョッとしたような顔をしてそう叫ぶように固まるエリオットに、ウィルはうんざりしたような顔で返す。
「ジュリアじゃなくてジェシカだけど……いや、そうじゃない。あの娘じゃない。あの娘は顔は可愛かったが、随分と性格は悪かった」
「ち、違うのか……心臓に悪いぜ…」
「段々教えるのが怖くなってきたよ、悪いけど、もっと心臓に悪い相手だって事は教えといた方がよさそうだ」
「はぅっ!」
 変な返答がエリオットの口から出たのに、ウィルはぷっと吹き出した。
「お前死んじゃいそうだな。この話を最後までしたら」
「笑い事じゃないっ! そんな秘密をこんな場所で俺に言うなんて、信じられない」
「いや、まさか俺の恋愛ごときでお前がそんなにも過剰反応するとは思ってなかったから、予測外の出来事だっただけだよ」
 ケロリとそういうウィルは、親友に自分のとんでもない秘密を知られた後の事を考えてはいないわけではない。
 ウィルの付き合う相手の事を知ったら、嫌悪や怒りを見せるかもしれないとは思ったが、それでも自分の選んだ親友が、きっとそれを認めてくれるのではない かと信じていた。
「お前だったらきっと分かってくれると思ったから、お前には打ち明けようと思ったんだよ」
 ウィルにそう言われれば、エリオットも納得しないわけにはいかなかった。
 何よりも長い時間をかけてウィルという人間を見てきて、彼の人間としての素晴らしさは誰よりも理解していると自負していた。
「もしお前に相応しくないと思ったら、俺は全力でそれを阻止するぞ」
 エリオットもやっと腹を決めたように、椅子の背もたれに体を預けて力を入れるように腹の上で手を組み、まっすぐにウィルを見つめた。
「……わかってる、でも本当にいい子なんだ。ずっと好きだった。見ているだけでもいいと思っていたが、やっと話をするようになって、自分が思っていたより ももっとずっと良い子だったんだ」
「ずっと? ずっと好き…」
 やっとエリオットはウィルの言葉の深い意味を理解し始めた。
「ちょっと待て…俺たちはずっと学園にいた。子供の頃からだ。少なくとも恋愛どうこういう時期からは一緒にいたが…その時から好きだったっていうのか。出 逢いなんか無かったんじゃ……」
「俺が十三歳でここに来て、初日に一目惚れをして、それからずっと気になっていた。まあ子供だったから、その時はまさか恋愛だとは思っていなかったけど、 時間がそれを認めさせてくれた」
「学園(スクール)に来て一目ぼれって…まさか相手って…」
「学園の中にいる。男だよ、勿論」
「!」
 やはり想像通りエリオットは固まってしまった。
 学園の中での恋愛話は珍しくはない。
 年頃の人間が閉鎖的な空間に押し込められて、そういう疑似恋愛的な関係になるのは珍しくも無かったし、実際ウィルの周囲には彼に憧れてそういう相手にな りたいという人間は山のようにいる。
 しかしエリオットの知っている限りウィルはそういう相手には見向きもせずに、街に出てはそこそこアバンチュールを楽しむような要領の良さを持っている人 間だった。
「本気……なのか?」
「さっきからそう言ってる」
「お前…男の方が好きだったのか?」
「いや、そんな性癖の欠片もないと思っていた。実際声をかけられてもそんな気にはなれなかったし、女の子の体は気持ちよくて好きだよ」
 サラリと下品な事をいっても、やはりこの男がいうと下品になりきれないのは凄いと思うと、エリオットはやっと気持ちが落ち着いてきた。
「お前だからな……なにがあってもお前なんだろうさ、俺は友人としてそれを全部受け入れるよ」
「ありがとう、そう言ってくれると思った」
 にっこりと微笑むウィルに、エリオットはまだ厳しい視線を止めずに一言付け足した。、
「で、相手はどこのどいつだ。お前に本当に相応しいと思う相手じゃなかったら、小姑よろしくそいつを虐めるかもしれないぞ……でもさっき誘われてもその気 にはなれなかったって言ってたな、ということはお前の取り巻きグループの中じゃないって事か?」
「取り巻きねぇ、あれは大樹に身を寄せるリスみたいなものだよ。ここなら安心だって本能で分かっているんだ」
 プリーフェクトであるという位置にいる自分に魅力を感じているのだとウィルは言う。 確かにプリーフェクトである彼は光り輝き、憧れ、好きになるのは分 かるが、実際彼がプリーフェクトになる前から、彼に心酔する生徒は多かったし、そういう彼をしらずとも、彼の周囲には常に人が集まる。
 そういう光り輝く資質をウィルは持っているのだが、エリオットはあえて口に出すことはせずに続きを促した。
「じゃあその子は……子っていうんんだから下級生か、その子はいつもお前の周囲にはいない子って事だな、俺も知っている子か」
「知っていると思うよ、結構有名だ。話したことがあるかどうかは分からないが」
「有名……降参だ。学園には有名な子は結構いる」
 早々に降参するのは、どうしてもエリオットの中でウィルと釣り合うだけの人間が浮かばないからかもしれない。
「リチャード・グレンフィールド」
 ウィルは躊躇うことなくその名前を口にした。
「グレンフィールド……だって?」
 ギョッとしたような顔でエリオットは固まった。
「知っているだろう。あのグレンフィールド侯爵の一人息子だ」
「知って……いるが、あれは……やばいだろう、よりによってグレンフィールドだぞ」
 いろいろな意味で力が抜けたように体を椅子に深くもたせかけてエリオットは頬を引きつらせてそういった。
「何故? グレンフィールドは世界に通用する最高の企業であり、この英国では知らない人間などいないほどの大貴族だ」
「大貴族だからだ、俺のような下っ端貴族とは意味が違う。それにあの家の当主の一言は国を動かすほどの影響力もある」
「だからやりがいもある」
「……ちょっと待て、お前付き合っている子の家の仕事を手伝っていたって言ったな」
「ああ、休み中はリチャードとゆっくり遊ぶことも出来なかった、まあこれから先一緒にいるためには仕方ないって割り切っているけど、さみしい思いをさせて いるのは辛いな」
「グレンフィールド財団の仕事を?」
「細かい中核の企業には、追々いくつか歴任して仕事を覚える必要があるが、今回は直接侯爵の下で経営学について学んだ。普通の大学で学ぶよりずっと有意義 な時間だ、実際まったく歯が立たないっていうのが今の感想かな」
「グレンフィールドにお前が入る?」
 それは決しておかしな事ではない。
 考えようによってはこれ以上ないほど、ウィルの力を発揮できる場ではあると思うのだが、あまりにも規模が大きすぎて、エリオットには理解の範疇を超えて いた。
「俺にはお手上げだ……でもそれって…」
「最初に言っただろう。リチャードが好きになったらグレンフィールドがついてきただけだ。確かに企業としてのグレンフィールドは魅力的だが、リチャードが いるから入ろうと思った訳じゃない、実際将来のビジョンとして中核で働きたい企業の一つだったけどね」
「じゃあ……将来はリチャードの下で補佐をすると言 う事なのか?」
「ヘンリー……侯爵のアーサーの執事というか秘書のような立場の人がいるんだが、彼のようになれればと俺は思っているが、実際アーサーはリチャードにはカンパニーの代表をやらせないで俺にその 力があるなら後を継がせてもいいと言ってくれている、まああくまでも一つの可能性としてだけど、リチャードには侯爵という立場だけを継いで貰えればいいそ うだ。まあそれも継がなくてもいいとも言っているけどね。とにかくリチャードには好き勝手して幸せになってくれればいいそうだ」
「話が巨大すぎる……お前がグレンフィールドの代表だって? この上もなく似合っているから、余計にリアルで怖いよ」
「なれるかどうかは俺の頑張り次第らしい。とにかくアーサーとヘンリーは二人して化け物みたいに凄い人だって言う事だけは分かったよ。側で見ててね」
「そうか…そりゃ…また凄い話だ」
 ウィルが付き合っている話よりもグレンフィールドの話の方がインパクトが強すぎて、エリオットはもうウィルがリチャードと付き合っているのを前提として 話をしている事に気が付いた。
「いや、ホント……見守るわ。俺」
「ありがとう」
 ウィルはにっこりと親友に笑いかけた。
「それにしてもさぁ、リチャードってどんな子だったっけ、なんだか最初グレンフィールド侯爵の息子だっていうので相当注目されたけど、入学式に来た侯爵し か記憶にないわ。俺まだ子供だったのに心臓破裂するくらいドキドキしたの覚えてるぞ、お前近くで見たんだろう。ちょっと老けてドキドキなんてしなくなって る?」
「……その当時の事は俺はしらないけど、多分そんなに変わってないんじゃないかな。今だって見た目二十代だし、綺麗だよ。でもリチャードの方が可愛いくて、彼を見る方が ドキドキするけど」
「ま、まぁ……とはいいつつもう三十代後半に掛かってるんだから、ドキドキはしないよなぁ」
 あははは、と乾いた笑いをしながらも、エリオットの顔はなんとなく緩んでいる。
 自他共に認める女性好きのエリオットだが、やはりアーサーという人間は影響力があるらしい。
「来週学園に来るって言ってたから紹介するよ」
「来週って……そうかチャリティイベントだ、それで俺もおまえに相談したいことがあったんだ」
「ああ、いろいろ出品もしてくれるし、凄いぞ、プレミアものの品物を何点も出してくれた」
「侯爵が来るのか……」
 もうエリオットの耳には何も入らなくなったらしく、嬉しそうに何故か髪の毛を整えたりしている。
「でもリチャードの方が可愛いぞ」
 とりあえずそう付け足しては見るが、エリオットはやはり印象の薄い下級生の事は思い出せないらしく「あ、そう」と答えるに留まった。


この後、リチャードを紹介されたエリオットが、実に魅力的な清楚なリチャードをべた褒めにし始め、ウィルの機嫌を損ねたり、アーサーがやってきたチャリ ティイベントが大変な事になったりするのはまた別の話となる。